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2度の破局も…【キャサリン妃】ウィリアム王子との婚約までの道のり

9年に及ぶ交際期間を経てウィリアム王子と結婚し、王室入りしたキャサリン妃(ウェールズ公妃キャサリン)。その道のりは決して平坦なものではなく、2度の破局も。多くの困難を乗り越えた2人の真実の愛の道のりを振り返りました。

1:ウィリアム王子も魅了した裕福で温かい家族

両親は勤めていた英国航空で出会い、その後、夫妻でパーティ用品の通販会社を設立して成功し、富豪に。両親からたっぷりと愛情を受け、妹や弟とも仲良く育ち、ウィリアム王子がそれまで得られなかった家族愛に触れたことが二人の交際を後押ししたとも言われています。結婚後も、王子と妃はミドルトン家と変わらぬ親しさで異例の関係を続けています。写真は4歳の時、ヨルダンへの家族旅行の写真。妹ピッパ、父マイケルと。夏休みに地中海沿岸に別荘を借りて過ごすという中流階級の習慣を、結婚後もケンブリッジ夫妻が実践するのも王室では異例。

©aflo

2006年、母キャロルとチェルシーで。

2:2001年、セント・アンドルーズ大学でウィリアム王子と出会い、2004年に交際が発覚

大学入学2年目の2002年に行われた学内のチャリティ・ファッションショーに登場したケイト・ミドルトン嬢に、王子が一目惚れしたのが交際のきっかけ。その後、大学近くのロフト、続いて少し郊外のコテージで仲間たちとともにルームシェアをし、次第に親密な仲になっていきました。名実ともに人気の高かった王子のハートを射止めた彼女が持つ圧倒的な魅力は、友人たちの間ではすでに認知されていたとか。写真は2005年6月、大学の卒業式。大学時代は同じグループの中にいても二人が寄り添うことはほぼなかった。周囲が口外しなかったのは二人への信頼の証し。

©The Middleton Family/AP/aflo

2005年6月23日の仲睦まじい二人をミドルトン家が婚約後に公開。

3:アパレル会社に勤めながら長い春の間、王子との破局も

©aflo

大学卒業後、空軍士官学校に通う多忙な王子との交際を尊重すると就職が難しく、その事情を理解したうえで、彼女の能力を買ったのがアパレル会社ジグソー。2007年25歳の彼女の誕生日には結婚の噂が出るも進展せず、「ウェイティ・ケイティ」と意地悪な呼び名も出るほど彼女には辛い日々。そしてその年の4月に破局。大学時代の2004年以来の二度目の破局でした。ジグソーにアクセサリーバイヤーとして週4日勤務。以前から知り合いだったボスは、彼女が両親の会社のウェブサイトを制作した能力を認識していた。

4:2007年6月頃、交際が復活

©ロイター/aflo

破局の間、彼女は友人たちと社交場へ出かけ、英国の強豪女子ボートチーム「シスターフッド」にも参加。めげることなく生き生きと時間を過ごす凛とした態度や暮らしぶりは王子にも伝わり、その心を引き戻しました。わずか6週間後には王子からの連絡でよりを戻した二人。7月1日、ダイアナ元妃追悼コンサートに招待され、交際復活が周知。写真は2008年4月11日、交際復活後に初めて登場した二人。王立空軍士官学校で航空徽章を授かる式典にて、絆がより深まったように見える。

5:ついに2010年11月16日、 婚約発表

©aflo

プロポーズは旅行中のケニアで、王子は母のサファイアの婚約指輪をバックパックに忍ばせて緊張しながら旅をしていたそう。二人がスキー旅行で初めてパパラッチされた2004年には、加熱する報道陣に「30歳まで結婚しない」と述べた王子。彼女はその後も真摯に彼を支え、28歳での婚約。わずか13回のデートで結婚して破綻した王子の両親を反面教師に、丁寧に関係を築き上げました。ロイヤルブルーのドレスで王子と腕を組む姿は、かつてのダイアナ元妃とリンク。ISSAのドレスは即完売し、「ケイト効果」が始まった。

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2022年『美ST』11月号掲載
取材/谷口令子、横山直美 編集/石原晶子

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